北海道の医療問題

源さん今年三本目のブログです。

今年の年始は、いつもの従業員を休ませたいからっという理由の忙しさではなく

社内システムの大改革や、出張前のいつものラッシュも重なって

忙しいと言う言葉を使わないようにしている私も、忙しかったです。

いい訳ですが、一週間ぶりのブログ投稿です。

今夜は二件の用事を済ませたのですが、一件目は私に似合わない

[若者×指導者×北海道の医療×日本の医療=明日の医療]のイベント。

札幌市北区の北海道大学付近のカフェで行われた、医大生さん達と医療業界で

活躍している方々や政治家の方々の中に

何故かお誘いいただき参加させていただきました。

イベント会場に着くなり、受付担当の人が私に

「本日は学生さんも多いのでなるべく年配の方は若い方の隣にお願いします。」

っと。まさかと思い私も問う。

「僕はどっちですか?若い方ですか?中間ですか?」

すかさず帰ってきた事務的な返答は、

「年配です。」

35年生きて初めて言われた年配。大人になったような、老けて見られたような複雑な気分でした。

そう言われると座る席も気を使うもので、結局若い席を探しているうちに一人目の先生の

講演が幕を上げた。

一人目の先生は大阪のカウンセラー根岸和正先生。

沢山の先生や社長のお話を聞かせていただきましたが、一番心に残るのは一人目の根岸先生。

うつ患者に対しての接し方から、リーダーシップまで実に面白い話で、

私のメモ帳も2頁が真っ黒になった。

メモ途中で気が付いたのだが、結局お釈迦様の教えである仏教の言っている事と

同じ事を現代風の言葉で分かりやすく言っているように私には聞こえた。

年間100万人を超える鬱病患者。

年間三万人以上と言われ、不明を合わせると10万人を超える自殺者。

お叱りを覚悟で書くが、私の目には仏教者の堕落が原因に思える。

先日私の師匠が糞溜めの法話をしてくれた。

環境に慣れたらボットン便所の中にいても、臭さに馴染んでしまう話。

現代寺院のシステムの中、現代基準に馴染んだ僧侶が形だけお釈迦様の教えを布教するのではなく

自らが真に生を問い、それを修業とし 自分なりの精一杯の経験の元の慈悲を

最大限持ち伝えることの重要性を持つことが現代に必要な事と感じた。

今どうしようもない悩みを持っている人もそうでない人も、どの宗派でも良いので

読みやすい仏教の本を読んでほしい。

伝統を現代人の軽い感覚で軽視してはいけないと思う。

キリストもイスラムもヒンズーも素晴らしい事を言っているのかもしれないが、

残念ながら私の知識力では全く勉強不足で分からない。

勉強不足だが伝統を簡単に捨てるほど思いあがった現代人ではいけないと

思うのだけは確かであると思う。

悲しながら私がこういう事を書くと怪げな新興宗教の人と勘違いされそうだが、

私は日本が大事にしていた道徳の一つを守ろうと話しているだけである。

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