放火より一年

一生懸命走っていると時が経つのは早いものである。

実は今日は当社にとって最も忘れられない日である。

昨年平成22年2月22日22時頃に、世間はぞろ目で盛り上がっている中、

「お宅の倉庫が燃えてる!」

っとの一本の電話で、私は人生最大の衝撃をうけた。

私は豊平区月寒の本社にいたのだが、一緒にいた常務と二人で駒岡(真駒内)の倉庫まで

信号を無視しながら、全速で駆けつけた。

以外と冷静の判断での行動だった。

移動中の車中、対策本部を作る事を指示し

全社員本社に集合させ、火災原因の内部調査を始めてもらった。

火災現場に近くなるに連れ、空が私達の倉庫の火により染められているのを確認できた。

道路は2キロ先から封鎖されていたが、急ぐためバリケードを力ずくで通過。

既に沢山の爆音が鳴り響く。

頭上にはヘリ、200名を超える消防と警察。

まるで戦場であった。

そして私はその当事者であった。

警察・消防・近隣、何度90度頭を下げて謝ったか分からない。

火の力で雪が解け、水たまりの中、常務と一緒に土下座もした。

当社は保険屋の息子なので、全拠点保険は完璧だった。

しかし、ここの倉庫はある人に任せ、加入済みだと聞かされていた。

警察への説明等を終えその事実を知り、頭の中が真っ白になった。

どうやって迷惑をかけた人に、弁済すれば良いのか。。。。

倉庫の北側の小高い丘で火災を見ながら、常務に言った。

「まずは会社をたたむ。被害を受けた方の弁済が先だ。俺たちは全てが済んだら、従業員をまた呼び戻そう。」

不定期に身体にまで振動が伝わる爆発音を聞きながら、俺も右腕である常務も自然と涙が出てきた。

言葉に言い表せないくらい悔しかったが、責任と言うものを取る覚悟は出来ていた。

爆発も落ち着き、警察から一度帰るように言われ、社に戻る。

社員達が事務所で真剣な顔で待つ。

目に涙をためている者も数名いた。

びしょ濡れの我々を気遣って、拭いてくれる者もいた。

社員の前で、戻ってくるまでに考えていたことを全部言った。

「会社の存続は不可能だと思われる。火災の原因は不明だが、今日から社会責任に全うする。」

話してる途中、嗚咽が出た。なんだが涙が身体中から集まってきて、途中から

「おっおっ」っという音しか出せない。

しかし何処からともなく、

「やりましょう!今からハイシーズンです。みんなで精一杯やればなんとかなるかも知れません。

給料はしばらくいりません。お願いです。会社を諦めいないで下さい。」

みんなで涙して決意しました。

次の日から、全社員身体を壊すくらい頑張ってくれました。

飛ぶ鳥を落とす勢いで成長していた当社は、去年のこの日一度地獄に落ち

この一年で社員と共に、再興してきました。

結局、数か月してから警察・消防より放火の通知がきましたが、

未だに犯人は見つかりません。

火災の時に、全国から駆けつけ助けてくれた仲間達、火事見舞金で援助してくれた方々、

励ましてくれた方々、本当に心から感謝しております。

株式会社ルーツ・オブ・ジャパンは、このご恩を忘れず

一人でも多くの方を救い、社会に貢献し

世界の為に、不要品の流通革命を成し遂げます。

今後ともご指導ご鞭撻を宜しくお願い致します。

                 平成23年2月22日

                 株式会社ルーツ・オブ・ジャパン

                       代表取締役 湊源道  

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