旧双葉小学校史料館「雪月花廊」 虻田郡喜茂別町

出張がライフスタイルになっている源さんです。

最近は現場に総司令官として戻り、汗をかく便利屋の仕事に100%の力を使っているので

ブログの投稿頻度が低くて申し訳ありません。

昨日は、仲間の骨董業者から紹介でニセコ・洞爺の近隣の町、喜茂別町「雪月花廊」に見積もりへ行きました。

この雪月花廊の館長、実は私の人生の師匠の親友?後輩で5年前より付き合いのある方。

繁忙期でスケジュールはタイトでしたが、義理を欠くのは師匠に会う顔を無くなります。

気になっていた家族サービス兼で見積もりに行くと言う

効率的なスケジュールを自分への理由にして急遽片道2時間の雪月花廊へ行ってきました。

 雪月花廊は元々虻田郡喜茂別町にあった双葉小学校の跡を今関安雄さんが

資料館・カフェ・留寿都豚丼・温泉・ライダーハウス・キャンプ場にした施設。

元々びっくりドンキーやその他大手のディスプレイをしていた噂を聞いていたが、

行ってみてビックリ!

自ら手作りしたと言うセンスに溢れる旧小学校の館内。

骨董の業界にも精通し、テレビやラジオ、芸術、音楽の分野まで活躍した今関さんの

作った施設のセンスは、蝦夷富士(羊蹄山)のしっかりとした麓に

根を下ろすように一体化した、アートそのものでした。

宿泊できる部屋も各部屋、廃材を使って今関さんの手作り。

さらに言うと、その価値観やライフスタイルそのものがアート。

第一線で戦い続けた男が、その戦い続けたことにより身につけた経験やセンス。

そして長年一生懸命生きてきて本来あるべきものに辿りつき、

答えを出したというのが、私には伝わってきました。

旧双葉小学校が今関安雄館長と完璧に同化して自然の一部になっている。

見積もりで行ったはずが、自宅分娩で同じ助産師(アリジュ村上先生)でお子さんを産んだ話から始まり

多数の共通の友人。

そして国家の危機・未来の話まで数時間話込んでました。

何故この施設を作ったか、何故田舎で日本&北海道の遺産を残すのか?

何が自分の生き方なのか?

自然に囲まれたスローな環境で、窓の外に写る吹き続ける雪を見ながら

経営者先輩の話を薪ストーブの柔らかい暖かさと、不定期に立ち上る暖炉の柔らかい光のもと

沢山の話を聞くことができました。

その間、妻も娘達も広い館内で大正・昭和の日本の物の展示物を見て大満足。

今関さんとの話がスローな環境の中で熱をさせていただき、

その空気感のギャップがあっと言う間に時を感じさせ、時計を見ると既に13時。

娘達が空腹ではないかな?っと心配した時に

私と家族へ昼食が差し出された。

気遣いにお礼を言い、その後一口食べてみて妻と目があった。

満面の笑みの妻と、満面の笑みであろう私。

日々互いに会社のことで戦っていて家族旅行なんて近くて遠い存在だった私達夫婦には

こういう事は久々かもしれない。

ルスツ豚の柔らかさとジューシーさとくどくもなく、的頃の味付けにも感動したが

中央に鎮座する卵の黄身に互いに驚いた。

近所で自給自足の方が作る卵らしいが、こんなにとろみと旨味がある卵は生まれてはじめて。

前述のルスツ豚との最強のタックで私達夫婦を満足させた。

ご飯を食べ終えると、今度は大量にあるブリキの玩具を動かしてくれた。

50年以上も前の玩具ばかり。

こんなに精巧な動きは日本人にしか作れなかった。

金型を海外に持って行っても作れないほど、日本人の細かい技術は凄かったそうだ。

今では自由や権利が一番で、日本人たる気持ちを捨ててしまっていることに気が付いてない

偽日本人である我々は、日本人だから作れるってものが

もうすぐなくなる事に気が付かなければいけないと私は思う。

冬季は比較的に忙しくないらしいので、ドライブがてら食事や

皆さんもお友達や家族と宿泊してみてはいかがでしょうか?

旧双葉小学校史料館「雪月花廊」

http://www.kyufutaba.net/

★追伸★

勝手な提案だが、あの豚丼は旨すぎるので名物にしてはどうだろうか?

虻田郡にかけて、「あっ豚軍」という商品名どうでしょうか?

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